calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

categories

archives

オクラの花

庭のオクラが、毎日美しい花を咲かせています。


切って飾りたいくらいの美しさですが、
花より団子というか、その後食べるために
花を観賞するのは畑限定です。

また、朝が一番美しい姿を見せるので
患者さんに見てもらおうと思っても、
午前中の早めのタイミングにいらっしゃる方だけ。
興味のある方は声をかけてください。

オクラのねばねばは、胃腸を守り夏ばてに良いといわれますが、
中医薬膳では、
「生津」「養陰」の作用があるとされ、
汗で失われた潤いを補い、
夏に高ぶった「陽」をおさえる「陰」を養うので
やっぱり、夏にお勧めの食材だといえるでしょう。

夏の疲れが胃腸に出てくる頃です。
ゆでて刻んで食べるほか、丸ごとソテーするだけでもおいしいです。
さっと洗うだけで下ごしらえも簡単な野菜。
ぜひ。

(よ)



もう少し優しい世の中であればいいのに。

 田中優さんという環境活動家がいる。その方の著作や発言を読むことが多い。

 時々、強調し過ぎだと感じることもあるので、信奉しているわけではないけれど、基本的な暮らしぶりに対する方向性には共感しているので、よく読む。

先日、こんなリンク記事を読んだ。

価値が違うからメジャーが必要で、そのためにだけカネを用いている。つまりここで起きているのは、『貨幣を使った非貨幣経済』なのだ
詳細はリンク先をご覧頂くとして、おカネというのは手段であって目的ではない。

グローバリズムというかグローバル経済というか、規模が大き過ぎるから仕方ないのかもしれないけれど、お金を目的にしてしまっていると思う。本末転倒ではないか?

 株主重視とか経済偏重とか言われるけれど、おカネや数字に囚われ過ぎて、”人間らしい”暮らしができなくなって、身体のみならず精神をも病んでくる人があまりに多過ぎる。

 経済や政治は、”病んでいない”人たちが動かしているように思う。
 強者が弱者を虐げているように見える。
 おかしくないか?

 大きなことを言ってしまっている気がするが・・・。

 でも、臨床で出会う人々は、気持ちを病んで、にっちもさっちも行けず苦しんでいる人が多い。
 「もう少しゆっくり過ごせたらいいね」って、何度諭したい気持ちになったことか。
 現状がそうさせてくれてない。そうできるのは、会社が変わってくれるか、会社を辞めるときだけか?社会こそ変わってくれればいいのに、と切に願ってしまう。

 「身体と気持ちは繋がっているから、身体を改善できれば気持ちも改善するよ」って伝えて、少しでもセルフケアできるような社会に変わってくれることを祈っている。


稲を育ててみませんか?

201305コガネモチの苗 田植えに行って、新潟からコガネモチというモチ米品種「コガネモチ」の苗を持って帰ってきました。

 バケツで田んぼを作り、育ててみませんか?

 バケツサイズだと、苗を3〜5本程度植え付け、一株分くらいしか育てられないです。だから、ご飯茶碗1杯分にもなりません。

 僕らがお勧めする育て方は、単に水を欠かさないだけ。肥料や農薬などは使わなくても、頭を垂れる程度には育つので・・・。

 収量や味覚はさておき(^^;)、とにかく収穫までのプロセスを楽しんで頂く為のご案内ですが、徐々に大きくなっていく稲や、鳥がやってきたりする様子(ついばまれるのは嫌ですけど)、身近に水辺を感じることなどは、とても気持ちの良いものです。

 バケツは、10Lバケツの半分くらいまで土を入れ、苗を3〜5本ほど植える。
 管理は簡単、水位を保つこと。
 日当たりの良い場所に置いておく。

 そんな程度。簡単でしょ?

 しばらく、我が家で苗をお分けできます。
 なくなる前に、ぜひ、取りにいらして下さい。

 そうそう、今週末にまめいちを開催しますので、その際に取りに来て頂いても結構です。もちろん、無料です。

自然と付き合うというのは、そういうこと

田植え20130503 田植えに行ってまいりました。

 普段、5月1日〜3日に田植えをしています。3日は、楽しみにしている打ち上げ(笑)。

 しかし今年は1〜2日がとても寒く、普段朝5時から作業しているけれど寒くてできず、思ったように作業が進められず、打ち上げは5日となってしまいました。

 そんなこともあるんですね〜。

 10年以上、妻の実家の田植えを手伝いに行っているけれど、3日に打ち上げができないレベルであったことは今年が初めてです。

 自然と付き合うというのは、そういうこと。仕方ない、と素直に思えます。
人間には、どうしようもないもんね。



梨の花が咲きました。

 庭の梨の木が花咲きました。

梨の開花2  梨の開花1

 自然が次々に見せてくれる美しさに、しばし時を忘れます。

 まもなく、たくさんの樹が芽吹いてくれます。
 決して人のために咲く訳ではないけれど、自分のために咲いてくれているような気がしてしまって、嬉しくなります。
 こんな自己中心的な考えも、たまにはいいよねぇ?(笑)

五右衛門風呂と循環

 うちの裏には林があり、足元にヨモギが生えています。

 草餅を作るんだと言って、3件隣のおばちゃんが摘んでいたのですが、それがまた実に絵になっていたので話しかけてみたんです。実はここに越してきて初めて会話しました。

 もう80歳代になられるかというおばちゃん。さすがにいろいろご存知です。
・棕櫚(シュロ)の皮で紐を綯う
・鉄鍋の底を繕う
など。

 このお宅では、今も五右衛門風呂が現役なんだそうです(!)。

 親戚に工務店の方がいらして、そこから頂く廃材をベースに、肥料として分解されない大きさの枝葉を燃やし、そこで得られる灰を畑に撒く、ということでした。(灰はミネラル分として肥料になります)

 五右衛門風呂でないと、工務店の廃材も費用を掛けて捨てなければいけないし、枝葉だって別に燃やさなければいけないし(人によっては、油を掛けて燃やしますよね)、畑への草木灰だって買うことになる、って話されていました。

 畑に撒かれたかつての廃材は、野菜という形で工務店さんに還元されるのでしょうかねぇ?

 五右衛門風呂は、こうした循環の中に息づいているのですね。

 古いとか、時代遅れだとか、そんな評価ではなく、それがどのように暮らしの中に繋がっているのかを見直していける目を養いたいと思った出来事でした。

 そうそう、このお宅には臼と杵があるそうです。いずれ、まめいちで餅つきをやろうかな♪



3月15日。

 2年前の今日は、福島第1原発から放射性セシウムが大量に放出された日だったと記憶しています。

 我が家はこの2日前に現在地に引っ越してきたばかりでした。
 1km先からの引越しだったので、積み残しを取りに行ったり大震災で断水になっている関係などで、外で作業をしていました。
 当然、我々にも放射性セシウムは降りかかったのだろうなぁ〜・・・。

 怖かったなぁ。恐ろしかったなぁ。なんとも言いようのない不安があったなぁ。

 でも、この場所から逃げることは考えられなかった。ようやく、”根っこを下ろす”と決めることのできた土地。離れることは、とても考えられなかった。どんなことがあろうと、最後まで踏みとどまる、ってより覚悟が決まったっけ。

 そうとは言え、健康に被害が出るのは困る。

 東洋医学的に、ヒロシマ・ナガサキの被災された方々の症状を考えてみると、どうやら腸管系がやられているように思えたので、とにかく胃腸を強くする食事やお灸をしていこうと決めた。

 原発はとにかく反対だけど、既に起こってしまったこの事態に対しては順応していかなければ暮らしていけない。

 そうでなくてもそんなに胃腸は丈夫ではないので、足やお腹にお灸をしていたのだけど、2011年は自分にお灸するたびに、「放射能なんかに負けてたまるか」って思っていました。
 僕は負けず嫌いというわけではないんですけどね。でも、人に舐められるのは嫌い。原発推進派の人を食ったような態度が大嫌い。

 僕らがこの地に暮らし続けるために、お灸が必要になる、ってのはなんか皮肉なものだとも思ったけれど、養生を謳う治療院なのだから、まぁいいか。

 鍼灸をやることや、スローライフを営んでいくこと。

 これが僕らにとっての反原発生活。

(もちろん、それだけに留まらないようにアクションしていきたいとは思っているけれど。)


あれから2年

 2011年のアノ日から2年が経ったわけです。

 もうそんなに経ったのか。

 あっという間というか、すごく長かったというか。

 我々の空間では平静を取り戻したけれど、被災地はまだまだで、震災復興も原発問題も政治レベルでまだ何も進行していない。

 2011年の1年間は、とても暗かった。四季の移ろいを感じるたびに、今も思い出す。

 あの年、自分の力では何もできないことを思い知った。

 自然の力はとても強いことは知っていたけれど、世の中の動きもまた、全く思い通りにならないものだと分かった。
 当たり前のことなのかもしれないけれど。
 そのことを、強く考えさせられたのが2011年だった。

 でも、自分が信じているものを少しでもいいから、周りの人に伝えていこう、と考えた。

 やれることをやっていく。できるだけ自給できる暮らし。
 伝えたいことを伝えていく。まめいちの体験企画。

 あんな1年は本当に嫌だ。

 もう2度と、あんな1年の想いを繰り返さないために、僕らの暮らしを僕ら自身の手で守っていけるように、頑張って行きたい。

 そう決意することが、無念のうちに亡くなった方々への、僕の弔う気持ち。

天秤棒

 まめいち用に「天秤棒」をお借りしました!そしてそれ用のバケツも!

天秤棒 貸して下さったおじさんは、かつて肥桶をこの天秤棒で畑に持って行っていたとのこと。

 バケツのサイズは、肥桶と変わらないとのこと。これは、約20L。2つ合わせて40L。

 水を入れると、なるほど重いのです。
 歩くと、当然ながら水も揺れます。
 揺れてもこぼさないように歩くのです。

 おじさんの、天秤棒担いで歩く姿がなんと格好良かったことか!

 身体の使い方、ってあるんだよな。
 現代日本人は、「便利」という名の元にいろんな作業を暮らしの中から手放していって、それはとても都合がいいものではあるけれど、一方で何か大切なものをも捨ててしまったのではないか、と思えることがある。
 もう少し、暮らしを見つめなおす機会を探していければいいなぁ、と思う。
 買ってからずっと読んでいない江戸時代の暮らしぶりの本、今度読んでいこうっと。

 ・・・大腿骨骨頭壊死からの坐骨神経痛を患うこの方。
 痛みのため今は使わないので、しばらく貸して下さるとのこと。なんだか、痛みをとってくれよという期待まで置いていて下さっているなぁ。


ガラケーの充電。

携帯電話の電池残りが1本になったから、充電した。

先回充電したのは日曜だったから、5日ほど持ったことになる。

充電も、太陽光が電源。

僕にとって、ちょうど良い感じ。

携帯電話から、僕の反原発運動。


<< | 2/6PAGES | >>